raison




「緊急警報、重傷のエクソシストを一名、搬入中、医療班は至急、処置室へ集合」

薄暗い空にセキュリティの人工ボイスが吸い込まれていく。

「しっかりしろっ」

「出血が酷い、そっちの動脈を縛るんだっ」

家(ホーム)に怒声が響く。

白い髪を朱に染めたのは、アレン・ウォーカー。


エクソシスト。

イノセンスに選ばれ、アクマを殲滅する為に生まれた戦士。

彼らが選んだ道に退路は無い。



「ったく…煩くておちおち寝てもらんねぇ…」

自室で眠りを妨げられ、唸り声と一緒にのそのそと起き上がった男。


神田ユウ、彼もまた、エクソシストである。つい数時間前任務から戻ったばかりでしごく不機嫌だった。

部屋の前を何度も往復する足音。緊急を示す耳障りな警戒音。

「アクマでもこんなに煩くねぇぞっ」

すでに再度の睡眠に入れなくなった為、不満を誰かにぶつけてやろうと自室の扉を開けた。

果たしてそこにあったのは、肉の焦げた匂いと赤くて苦い鉄の臭い…

「………っ」

ソレはすでに死臭にさえ似ていた。

「誰だ……」

エクソシストの誰かが怪我を負って運び込まれたのは確かだった。

そして、たぶん、死に近い傷…

(……カン……ダ…)

「な…なに…っ!?」

唐突に脳内で弾けた声。

「…あいつ、か…?」


『初めまして、アレン・ウォーカーです』



「…相変わらず、馬鹿でしかない戦い方、しやがる…」

そのまま、扉を閉め。雑音を遮断しようと両手で両耳を覆う。

しかし、消えない、声。

間違いない、今、死の間際にあるのは、アレン…その名前を聞くだけで、胸糞の悪い人間。

なのに…



『それでも僕は…誰かを救える、破壊者になりたいです…』



「…ばか…やろう……っ」

何かが、違う。そうじゃない。

自分の心が意志に反して、急速に痛み始める。

理由を考えろと、心を開けと強制される。

自分は、そんな事、思ってもいないのだ…




「コムイさんはまだかっ」

刹那な悲鳴が、広場(ロビー)から聞こえる。

両耳を塞ぎ、両瞳を閉じた神田が、吐き出す声。

「…煩…い……っ」

違う、違う、違う。

終わりなど、無い。

咽返るような血の匂い。手に残るのは、肉を切るときの圧迫感…

どんな風にアレンは…

自らが滅してきたアクマはどうだったろう…

囚われ、心を縛られ、時間が苦悩と苦悶の時でしかない、アクマは…

その身を削られるとき、自分の身体に刃が潜り込んでいく、その様を見て…

見て、感じて……どう、思った…?

「俺は…使命に従っているだけ、だっ」

痛み、苦しみ…アレンの悲鳴が、聞こえた気がした……




『待ってくださいっ僕は………っっ』




無駄な言葉でアクマの攻撃を受けたのか…僅かな希望とやらに自分の命を天秤に掛けて…

「馬鹿だ…どこまで……馬鹿なんだ……」

なのに……痛い…痛い……身体中が、悲鳴を上げている…

「なん…だ……?」

理解しろ、理解するんだ。

「…いったい、俺に何をさせたい…?」

心が、意志を持つ。自制出来ない感情が、周囲の空気の色を変えていく。

飲み込め、それが、今の、現実だと。

―認めろ

「……え……っ?」

その言葉が、『答え』になっていると、神田の心が、認めた。

 

「…何が…何を認めろって言うんだっ」

今の心の痛みを。

頬を伝う涙の意味を。

 

「…俺は…知らない……俺の心など……知らない…」

家(ホーム)のざわめきが、止まった――

 

prologue……